インドの事を話しましょうか1〜Indian Mather〜

私には3人の母がいる。一人は実の母。そして亡くなった夫の母。それからそれから大切なインドの母。

インドに初めて行ったのは1990年9月6日。だったと思う。フライトが一日遅れてしまい、大阪ロイヤルホテルに1泊してから出発した。当時は伊丹から。関空はまだ出来ていなかった。
自宅はしっかり戸締まりをして、とりあえず夫は半年、私は1年帰らない。友人が毎週家に来てくれ、換気をかねてヨガクラスを開いてくれる予定だ。

はじめ、わたし達は、仕事を辞めたら1年間旅行しよう。と決めていた。「そうだ!インドへ行こう!」と準備をはじめる。準備期間は約2年。今考えるとインドへ行くぞ。と思ってから2年も準備にかかるなんて。なんてのんびりだろう。が、わたし達は真剣に全てを整えて、もしかしたら帰国出来ないかも。。くらいな気分で用意していたのだ。まずは英会話から。。

1年、全てのシーズンを感じてみたい。旅行なら半年しかいられない。「そうだ留学ヴィザを取ろう!」と、私は留学生ヴィザを申請するにはどうすれば良いか?学校は?先生は?でもインドについて何も知らない。インド人にも会った事もない。インドはちょっと危ないんじゃないの?とか。。

そう、だからいろいろ調べるのに2年が費やされた。友達が、インドに行った事の有る人を紹介してくれたり、いろんな方に電話した。
それならば、先に一度インドへ行ってみれば良かったと思うかもしれないが、当時、(いや今も)英語もしゃべれないわたし達が旅行で行っても、情報は全く持って帰れなかったと思う。
旅行と、踊りを習う事とは全くかけ離れているのだ。

とにかく手紙を書いてみた。英会話の先生に頼んで何度も手直ししてもらいやっと投函。
「地球の歩き方」という本に掲載されている住所へは全て送ってみた。。
どこからも返事が来ない中、当時サンギートナタークアカデミーにいらっしゃったB氏から、個人的な手紙が届いた。

「あなたが、1年インドで学ぶならオリッサでなくデリーで、しかも個人レッスンにしなさい。でも、もし学校が良ければここに書き記します。そしてもしあなたが私の提案を受け入れるのでしたらご連絡ください。」という内容だったと思う。
会った事もない方だが、すがる思いで、早速手紙を出し、お願いする事にした。

Bさんは、1988年、「インド祭〜Classical Dance of India」の折り、来日された方。その公演は日本各地で大規模に開催され、好評だった。私の手元に残るプログラム、A4版のその本は、舞踊のバイブルのよう。

出演者は、カタックは、ビルジュ・マハラジ、シャスワーティ・セン、ドゥルガー・アーリヤ他、カタカリは、マルギ・カタカリ舞踊団、バラタナティヤムは、マラビカ・サルカイ、マニプリは、マニプリ・ジャゴイ・マルップ舞踊団。神戸やその他の地域では、グル・ケルチャラン・モハパトラや、サンジュクタ・パニグラフィも演じたらしい。。
この豪華な顔ぶれ。それに場所。。東京は国立劇場、名古屋市民会館、神戸国際会館、フェスティバルホール、そして京都は京都会館第一ホール。。。今も目に焼き付いている演技。この後の24年の間、このようなイベントは皆無だった事が悲しい。。

私たちは京都会館での「インド4大舞踊」を拝見したのだが、それはそれは夢のような公演だった。そして、出演者は、雲の上の人々。とても近づけるものではなかった。
その時、彼女が何か有れば。。とダンサーTさんに渡した名刺。その名刺をTさんが私に渡してくれたご縁で、今につながっている。

しかし、偶然はこれだけではなかった。。

あ〜。長くなってしまった。インドを旅した人にはそれぞれのインドが有るという。そしてそれぞれ異なるインドを観るのだろう。
それにしてもインドとの事を書こうとすると。。長くなる。。
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by mikis-odissi | 2012-07-22 17:50 | インド気まぐれ話 | Trackback | Comments(2)
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