加藤一雄さんの本

文芸誌「APIED」で古本屋さんが見つけられるかどうか?と書かれていたこの本。かなり傷みが激しい。1978年の夏に購入と滅多に書き込まない私が書いているのでかなり思い入れがある本だった。
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加藤一雄先生は私が通っていた短期大学で講義をされていた。
先生の事を書いてみたくなった。

加藤先生は、1906年生まれ。戦前京都市芸術大学の前身京都絵画専門学校で、その後京都市美術館などに勤めておられたとのこと。私が通学していた美術短大では「日本画概論」(だったと思う。)を担当されていた。
どの時代も多分、講義に熱心な学生は少ない。先生方も、大目に見てくださり、しかる先生はほとんどいなかったが、加藤先生は時折たまりかねて、苦言を呈された。
あの頃70歳に近かった先生にとって20歳そこそこの若者がどんな風に写ったのか?あきらめ気分?

私は、絵画専攻だったが、入った瞬間、絵を描くのは無理だと悟る。なりたかった美術の先生への道もかなり遠い。。あきらめの中で講義だけが楽しみだった。今まで知らなかった美の世界が広がって行く。
その中で加藤先生は特別な存在。何かわからないけれど静かな情熱が伝わってきた。
それは、後年出版された先生の小説「蘆刈」の中に先生流の斜め目線?で著されており、最近もう一度読み返して改めて知った。

先生の一生をそのまま書き上げたと言っても良いこの小説は、大阪で生まれた主人公が、大学で仏文学を学び、京都の絵画専門学校で教鞭とり、そして終戦までの出来事をまとめてある。
その中に先生が愛した南画の事や入江波光の話など。。様々にちりばめられている。

20歳頃の私には、わからなかったに違いないと、50を過ぎて読む私には解る。わかった振りをして、四苦八苦しながら辞書を引きつつ読み進めていたことを知ると(本にいっぱいルビが降ってあり、意味も調べていたので)懐かしく、自分の若い頃をかわいく思ってしまう。

先生は授業の中で、「40代になったら『雨月物語』を読みなさい。それまでに読んでも意味が無い」「柳田邦男の『本居宣長』を読みなさい」などとおっしゃっていた事だけが私の記憶に残っている。「本居宣長」は買っただけ。まだ雨月物語は手にも取っていない。既に40代を過ぎてしまった。

淡い春霞のような、感覚。実のところ先生と個人的に話をした事は全くない。ただ片思いのような淡い記憶です。

「蘆刈」の表紙絵はこれ又私の大好きな大野先生の彼岸花。再び読む事の楽しさをありがとう。

*加藤先生の信者?さん(て書かれていた)は結構いらっしゃるようですが、本はなかなか出版されないみたい。。マニアックなのかな?やっぱり。
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by mikis-odissi | 2013-03-12 15:16 | カラカール アーンク | Trackback | Comments(0)
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