カテゴリ:カラカール アーンク( 13 )

今年一番の私の出来事はなんと言っても【花蓮夜Ⅱ】の公演でした。
25年の区切りだけでなく、2時間のプログラムは、13年前の初演から、ずっと行いたいと思いながらいろいろな事情で今頃になってしまった公演でした。だから言葉にする事ができない想いがあります。
そんな個人的な舞台をこういう形で出来た事に本当に感謝しています。

是非とおねがいして写真家、宇留野文子さんに撮影して頂いた写真は600枚。舞台の都合上中央からの撮影が困難だったのですが、臨場感が伝わる写真を撮影して頂きました。
被写体の私は完全なポーズ等はとれて無いのが残念です。でもムードを感じて頂けたらと前編をスライドショーにしました。
音源は始まりの演目曲のみになっています。

もう少しカットするべきなのでしょうが。。なかなか難しい。
4分と、御覧頂くには長いと感じます。だからお時間があれば御覧ください。
後半と、動画はまた後日。。。来年かなぁ。。
花蓮夜Ⅱ
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いしいしんじさんの講演の前、時間がたっぷりあったので西武講堂北のルネの階段で練習している応援団を見ていました。

両端に女子、真ん中に男子が3人、上の段に演奏する男女が立って目一杯の演奏と演舞。それを見守るかのように3名の男女がノートを手に持ちチェックしています。歩道側から立ち止まり見ている人々。

あの、チェックしている人たちって何やろ?

演技の振りは同じ事を繰り返しながら出来うる限りの大声で。
演舞はどんどんとエスカレートして行きます。
中央の一番下に皆を引っ張るように演舞する男子が目一杯の力を込めて演舞。
全力投球ってこれかな。と思うひととき。

若いってすごいなと思ったひととき。目が離せませんでした。
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昨日と異なり急に寒くなった今日、京都高島屋へ日本画の畠中光享先生の展覧会へ行って来ました。こちらのサイトで高島屋の催しが掲載されています。

先生は、インドがお好きでたくさんのミニアチュールのコレクションをされている事でも知られており、また染織品もお好きです。
ご自身の作品はインドをテーマにしながらも、日本画というマテリアルが持つ日本的な要素、或は先生ご自身の体と心を通して現れてくる世界を表現されているように思います。

長くおつきあいさせて頂き、先生の若い頃の作品から今に至るまで、拝見する機会がありましたが、今回も美しいバックの色、周りを飾るインド布の数々。また、今回私は始めて拝見した、掛け軸の作品など(しかも古いインドサリーなどが使われており)絵画だけでなく様々に楽しみました。
6階美術画廊にて。会期は19日まで。
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ところで「蘆刈」ってなんだか本家があるかも。と思ってました。
何しろ、この本の中にも文学がちりばめられている。

そうやって調べると、能の「蘆刈」がある。この演目を私は見た事があった。。と再確認した。

能では、ある夫婦のお話。「別れた夫が忘れられず、住んでいた場所へ行くと蘆刈りとなったみすぼらしい身なりの男に再会する。」という話。
もう一つは谷崎潤一郎作。能の「蘆刈」の影響を受けているらしい。

その辺をイメージした題名かしら?
そう思う。。
あ〜興味が尽きないけれど、時間がない。。谷崎。。この春に読んでみようかな。
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文芸誌「APIED」で古本屋さんが見つけられるかどうか?と書かれていたこの本。かなり傷みが激しい。1978年の夏に購入と滅多に書き込まない私が書いているのでかなり思い入れがある本だった。
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加藤一雄先生は私が通っていた短期大学で講義をされていた。
先生の事を書いてみたくなった。

加藤先生は、1906年生まれ。戦前京都市芸術大学の前身京都絵画専門学校で、その後京都市美術館などに勤めておられたとのこと。私が通学していた美術短大では「日本画概論」(だったと思う。)を担当されていた。
どの時代も多分、講義に熱心な学生は少ない。先生方も、大目に見てくださり、しかる先生はほとんどいなかったが、加藤先生は時折たまりかねて、苦言を呈された。
あの頃70歳に近かった先生にとって20歳そこそこの若者がどんな風に写ったのか?あきらめ気分?

私は、絵画専攻だったが、入った瞬間、絵を描くのは無理だと悟る。なりたかった美術の先生への道もかなり遠い。。あきらめの中で講義だけが楽しみだった。今まで知らなかった美の世界が広がって行く。
その中で加藤先生は特別な存在。何かわからないけれど静かな情熱が伝わってきた。
それは、後年出版された先生の小説「蘆刈」の中に先生流の斜め目線?で著されており、最近もう一度読み返して改めて知った。

先生の一生をそのまま書き上げたと言っても良いこの小説は、大阪で生まれた主人公が、大学で仏文学を学び、京都の絵画専門学校で教鞭とり、そして終戦までの出来事をまとめてある。
その中に先生が愛した南画の事や入江波光の話など。。様々にちりばめられている。

20歳頃の私には、わからなかったに違いないと、50を過ぎて読む私には解る。わかった振りをして、四苦八苦しながら辞書を引きつつ読み進めていたことを知ると(本にいっぱいルビが降ってあり、意味も調べていたので)懐かしく、自分の若い頃をかわいく思ってしまう。

先生は授業の中で、「40代になったら『雨月物語』を読みなさい。それまでに読んでも意味が無い」「柳田邦男の『本居宣長』を読みなさい」などとおっしゃっていた事だけが私の記憶に残っている。「本居宣長」は買っただけ。まだ雨月物語は手にも取っていない。既に40代を過ぎてしまった。

淡い春霞のような、感覚。実のところ先生と個人的に話をした事は全くない。ただ片思いのような淡い記憶です。

「蘆刈」の表紙絵はこれ又私の大好きな大野先生の彼岸花。再び読む事の楽しさをありがとう。

*加藤先生の信者?さん(て書かれていた)は結構いらっしゃるようですが、本はなかなか出版されないみたい。。マニアックなのかな?やっぱり。
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昨年、春に野中久行の作品展と、私の踊りの会をさせていただいた、大原のカフェ
「アピエ」さん。
実はオーナーのKさんは文芸誌を発行されている。発行から10年が過ぎ、昨年9月で20号が発行された。。
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文芸誌「APIED」は毎号文学作品や、一人の作家をテーマに10数名のライターがエッセーや創作などを執筆されている。この素敵な本は文学少女でもなかった私にも様々な刺激を与えてくれる。

その中で、「森鴎外と森茉莉」を特集した19号で、ライターのお一人が文章最後に書かれていた言葉にとてもとても驚いた。
古本屋さんをされているその方は、「加藤一雄の『蘆刈』や『京都画壇周辺』など、私が生きている間に見る事が出来るかどうか、自信ないです。」とあった。
。。。。。
「私、その本、持ってる!!」と心の中で大きく叫ぶ!誰に伝えるでもないけれど、あの加藤先生だ。。その本をほしがっている方がいるなんて。。かなりマニアック。

私が敬愛する加藤先生は、短大の頃、「日本画概論」の講義をされていて、そのころ既に70歳を超えておられたと思うが、とてもきれいな方だった。(きれいってどういう意味?でもほんとそうとしか言いようが無い。)卒業後、あの京都書院で、加藤先生が書かれた小説を見つけた。1978年のこと。。

先生は、学生達があまり熱心でない事はわかっておられ、仕方ない事と思いつつも、授業中あまりに騒いでいるとかんしゃくを起こす。私はそこも大好きだった。
先生の事と「蘆刈」についてはもう少しあとで書いてみたい。。

文芸誌とカフェの「APIED」さんのHPはこちらをご覧ください。
今年も4月の第2週よりオープン。
また、4回目となる野中久行の作品展を5月のゴールデンウィーク中と11日12日に、そして5月11日にはサーランギの中川ゆうじさんとタブラ、藤澤ばやんさんでインド古典音楽のコンサートをさせて頂く予定です。
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1月27日の公演が終わって、もう2週間。日常に戻りながらも、公演後の作業がのびのびになっている。

このお話を頂いて約半年の間、出演者の皆様との打ち合わせや練習が続き、新鮮だった。
特に巽さんとは1998年以来の共演。しかも以前と同じステージに立つ。嬉しい再会だった。
会館のスタッフさんも巽さんとの再会を楽しみにしてくれていた。

お二人は今、岐阜在住。打ち合わせに何度か関西へ来てくれた。本番はご家族で大移動。
朝早く出て来られる事を大変だろうと尋ねると毎回幸恵さんは「張り切って来ました」との言葉。
その言葉を聞くと安心するしとても心が明るくなる。

「がんばって来ました」とも言えると思うけれど、いつも明るく「張り切って〜。」と言われる。
なんて素敵な言い方だろう。

確かに心から楽しみにして来てくださってるのが伝わってくる。

舞台がそれを裏付けるようにお二人は活き活きと踊ってられた。

私も今年、もっと「張り切って」物事と向き合える時間が多くなりますように。。
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寺町二条上がったギャラリー、Art Space MEISEI(メイセイ)にて俊子さんの個展が行われており行って来ました。

素敵な帽子やマフラー、洋服もありギャラリーはいつもと異なる華やかさ。
帽子が似合う素敵な方々が来られていました。
通りから見ると大きな帽子が目につきます。俊子さんの作品は日常の暮らしにアートが存在する事を雄弁に語っているようです。素敵!
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作品展は11日日曜日まで。(11:00~18:00 最終日は17:00まで)
Art Space MEISEIは、寺町竹屋町上がる、東側。表に面してガラス張りの素敵なギャラリーです。
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先々週、15日の日曜日、気功の森田英実さんから「森田料理教室」主宰の森田先生企画の『くらしのかたち展 仕事する服と植物へ』が、森田建築設計事務所 上門前の家であるとお知らせを頂き、行ってきました。
場所は大徳寺の近く。北大路通より大宮商店街を北に上がり、西へ入ったところ。
以前この近くが仕事場だった事も有り懐かしく訪ねたのでした。

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大徳寺側から行ったので、少し道に迷ってしまいました。ちょうど裏側の筋を入ったみたいで、迷いの中でこんなものを見つけてしまいました。
昔、私の家でも使っていた井戸水をくみ上げるポンプです。
今は使ってる様子もなく、すでに単にオブジェとなっているようです。

さて、森田先生はそれはそれは素敵な方で、シンプルな麻の服(その日の展示でも)が良く似合っておられました。
他に、草木染めの美しい大判のストール。これも麻でした。作った作家さんがいらっしゃりお話を伺う事が出来ました。

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帰りに、のジャムを2つ購入。
杏のジャムともう一つはウイスキーとバレンシアオレンジのジャム。これは友達にプレゼントしてしまいました。味見がしたかったです。
杏のジャムは朝ご飯で頂いているのですが、酸味がさわやかで絶妙のお味。
丁寧に食品と向き合っておられる姿が感じられます。

少しだけでも見習って、毎日の生活を豊かに出来たらなぁ。。と思いました。
ごちそうさまでした。
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このところ、日本でインド音楽をやってる人たちがとても元気だ。20~30代の若い人々。
若いってことでエネルギーも有るし、前向きだしうらやましいな。と思う。
そして、彼らからいっぱいパワーをもらっている。

昨年の「AMRITA」出演からその人々とおつきあいが始まった。

ところで、最初の出会いは、2008年か2009年。自主企画のチラシを置いてもらおうと、「うさとの森」というお店に入った。
「うさと」は、さとう うさぶろうさんというデザイナーがタイで手つむぎ、手織り、天然染めの布に”宇宙の法則”をデザインし、
自然をまとうような心地よい服を作っており、当時、御所近くにお店が有った。今お店は室町に移転。よりいっそう便利なところからの発信だ。

そこで素敵なNさんと知り合い、能管の野中久美子さんとのコラボレーション公演を、企画してくださった。その少し前彼のお誕生日にジミーさんが同じくお店で演奏するという。そちらにも即興で参加。その時知り合ったのがタブラの松本さんだ。

それから何年か過ぎ、2011年松本さんから「AMRITA」に出ませんか?と誘って頂いた。
ヨーガのTOSHIさん、グミさん、洋平さん、バヤンさんと親しくなった。
グミさんからなおさんやみきさんを紹介して頂き、楽しくおつきあいしている。
人との出会いは不思議だ。バヤンさんも洋平さんも以前に会った事が有る。でもつながれる時とそうでない時が有るのだ。

おつきあいの中で、京都にはたくさんのインド音楽家が住んでおり、そして日々努力しながら活動している事を改めて知った。

私は、これまで、のんびりと不器用に生きて来たと思う。舞踊家と言うのも気が引けていた。
最近やっと少しは。。
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